企業の資金調達に関する理論研究

 早いものでもう5月です。僕はとある学生団体に所属しており、そこでは来年開催予定の国際会議を担当しています。3.11以降、いったんは開催が危ぶまれましたが、喧々諤々の議論の結果、予定通り開催する方向で動いています。色んな意味で世界から注目を集めている日本での開催ということで、海外メンバーからの反応も大きく、卒論制作同様こちらも頑張っていかないとなと思っています。


 さて、今回は企業の資金調達に関してこれまでどのような理論研究が行われてきたのかを見ていきたいと思います。ここで注意したいのは、コーポレートファイナンスの授業などで習うこれらの理論研究の中には、大きく分けて企業の『ストックとしての資本構成』に関わるものと、『フローとしての資金調達』に関わるものの2種類存在するということです。

理論面での先行研究レビュー

ストックとしての資本構成とフローとしての資金調達


 企業の資本構成を研究した代表的なものには「Modigiliani and Millerの理論」があります。大学の授業でも真っ先に習うのがこれではないでしょうか。このMM理論では完全市場の前提(無税、情報の非対称性がない、資金供給主体と需要主体は資金の貸し借りを自由に行える、など)が置かれていますので現実世界では参考になりませんが、ここでは簡単に法人税を考慮した場合の理論を紹介します。


 企業は負債を保有することで税控除の恩恵を受けることができます。結果として負債比率の上昇に伴ってその資本コストは低下します。しかし一方で、財務リスク(端的に言えば倒産リスク)は負債比率の上昇に伴って増大します。これら二つの要素は、一方を追求すれば他方を犠牲にしなければならないようなトレードオフな関係です。そのためこの理論はトレードオフ・アプローチとも呼ばれます。企業は資本コストの大きさを勘案した上で資本コストを最小化する負債構造を選択し、企業価値の最大化に務めることになります。つまり、これはB/S上の負債・資本側のストックの水準における選択を意味するのです。


 さて、今回の卒業論文制作で僕が注目したいと考えているのはフローとしての資金調達分野です。つまり、企業は銀行借入、社債発行、株式発行など様々な資金調達手段の中でどのような要因でもって社債発行を選択するのか、という点です。それでは続いてそのフローとしての資金調達分野に関する理論研究をより詳しく見ていきたいと思います。

Diamond(1991)の理論モデル


 負債の内訳である銀行借入と社債発行の選択に関する先行研究では、Diamond(1991)があげられます。もとの論文は企業タイプなどが事細かに細分化されており、全部紹介するには長すぎるので、ここでは福田(2000)に挙げられているDiamondの理論を簡略化したモデルを紹介したいと思います。


日本の長期金融

日本の長期金融


 ここでは、企業があるプロジェクトを実行する際の資金調達手段として、銀行借入と社債発行という二つの手段から選択できると仮定されています。銀行借入も社債発行も企業(借り手)にとっては負債となる点では同じですが、特に情報の非対称性が存在する場合、この二つは借り手に対するモニタリングという点で大きく異なります。

 このモデルでは企業が社債を発行した場合、その資金がどのようなプロジェクトに用いられるのかを社債の購入者は知ることができません。そのためある条件下で企業は「成功すれば莫大な利益を生むが、失敗する可能性が高い」というハイリスクハイリターン(期待収益率が相対的に低い)プロジェクトを選択するというモラルハザードを引き起こす可能性があります。

  • 銀行借入のケース

 ここでは銀行は企業へのモニタリングが可能であるとされています。一定のコストを支払えば、企業がハイリスクハイリターンのプロジェクトを選択するのを阻止でき、期待収益率の高い(すなわち貸付金を返済してくれる可能性が高い)プロジェクトを選択させることができます。しかし、借り手である企業にとってはモニタリングコストの分だけ高利率で資金を得ているのでうれしくありません。できることならば社債を発行して資金調達を行いたいと考えています。

  • 導出される理論仮説


 上記のようなモデルでもって式を展開していくと、以下の二つの理論仮説が導かれます。

  1. プロジェクトから得られる平均収益が大きい企業ほど社債発行を行う。
  2. プロジェクトに必要な資金が小さい企業ほど社債発行を行う。


 福田(2000)ではこの理論仮説をもとに日本企業の資金調達に関する実証分析が試みられています。これらの理論仮説というのは先進国・途上国問わずどの地域の企業にも当てはまるものです。しかし、アジア諸国の企業は一般的に考えても先進国のそれとは異なる特徴を持っています。アジアの一部の国ではPrivate Companyが多くを占め、それらの多くは私募債での資金調達を行っています。また公募債でも政府系企業が発行する場合は一般企業とは異なった決定要因があるかもしれません。


 卒業論文ではそうしたアジア企業の特徴を考慮したモデルを考え、実証的に解いていきたいと考えています。


参考文献
W.D.Diamond. (1991). Monitoring and Reputation: The Choice between Bank Loans and Directly Placed Debt. Journal of Political Economy, 99, pp.689-721.
福田慎一. (2000). 「社債発行の選択メカニズム」『日本の長期金融』. 有斐閣.
三重野文晴. (2010). 「途上国企業の資金調達:東アジア諸国の事例」『新版開発金融論』. 日本評論社.

Key Research Question

 震災から約1か月が経過しました。復旧に向けた動きは少しずつ加速しているようですが、現時点(4月12日)で死者・行方不明者2万6千人以上、避難所での生活を強いられている方も15万人以上いるということで、福島第一原発の問題とともにまだまだ不透明な部分が多くあります。僕も微力ながら募金という形で協力させてもらっています。


 さて、卒業論文制作にあたり最もファンダメンタル、かつ最も難しい問題なのが「テーマを何にするか」ということです。テーマを見つけるというのはすなわち「Key Research Question」を見つけるということで、このKRQに沿って先行研究を当たっていきます。KRQが決まるまでは、漠然と卒論でやりたい分野を決め、その周辺の文献を片っぱしから読んでいかなければなりません。テーマが決まれば実質的に卒論制作の7割が終わったようなものだ、とおっしゃる教授もいるほどで、確かにテーマ設定にかける労力を想像すると7割というのはあながち大げさな話ではないかもしれません。


 僕の場合は「アジア債券市場」という漠然としたフィールドで周辺の文献を当たったり、日々思考を巡らせているわけですが、先日この文献

を読んでいて二つの興味深いKRQが示されていました。それは

  1. 東アジア企業が資金調達を行う際、銀行借入等ではなく社債発行を選択する際の決定要因は何なのか
  2. 東アジア企業がドル・円などの外貨ではなく、現地通貨での社債発行を選択する際の決定要因は何なのか。

という問題です。


 アジア債券市場を育成するための課題というのは多々ありますが、そのひとつに社債市場の環境整備が挙げられます。現在、アジア債券市場の主要な銘柄は国債であり、2009年末の時点でその市場規模は3兆6800億ドルにも達します。一方、社債市場の規模は1兆4400億ドルです。


【Size of Local Currency Bond Market in USD】

Source: Asian Bonds Online


 しかしその一方で、近年国債市場と比較した社債市場の伸びは著しく、2009年末のアジア域内の現地通貨社債市場は前年比30.2%の伸びを記録し、国債市場の12%と比べほぼ3倍の伸びを記録しました。データの制約上インドネシアを除いた数値になりますが、2010年末も社債市場の前年比伸び率は25.3%で国債市場の15.3%を10%も上回っています。(数値はAsian Bonds Onlineより)


 近年アジア市場でもっとも活発に社債を発行しているのはエネルギー・インフラ関連企業です。これは、グローバル金融危機に対応した各国政府の景気刺激策でこれらのセクターが恩恵をあずかる格好となったため、設備投資関連の資金需要が増し社債発行が促進されたと考えられます。


 このように近年発展しつつあるアジアの社債市場ですが課題も多々あります。社債の発行に際して、発行体となる企業は、引受先となる証券会社からアドバイスを受けつつマーケットの状況を見ながら利回りや償還期間などを決定します。社債の購入者となる投資家にとっては発行市場(プライマリーマーケット)だけではなく流通市場(セカンダリーマーケット)も重要で、そこで購入した債券の流動性が確保されていないと投資を渋る可能性があります。


 アジア債券市場の場合、国債市場はまだしも社債市場の流動性は不十分であり、また多くの国では政府系企業が主要なプレイヤーとなっており、発行体の裾屋が広がっているとは言い難い状況です。また域内の株式市場と比較すると現地通貨債券市場の規模は小さく、まだまだ成長の余地があると考えられます。


 それでは発行体である企業はその社債発行に際し、どのような要因を重視しているのでしょうか。また外貨ではなく、現地通貨・現地市場で社債発行を選択する際の要因にはどのようなものがあるのでしょうか。特に前者の問いに関しては、既存のコーポレート・ファイナンス理論において研究が盛んに行われてきました。しかし新興国発展途上国の企業を対象にした実証面での研究は、企業財務データなどミクロデータの整備が進んでいないこともあり、ほとんど存在しないようです。


 これらの問題を実証的に解いていけば今後アジアでの現地通貨債券市場を育成する際、非常に有益な示唆を提供できると考えます。今後は上記の「Key Research Question」に関して、先行研究等を通じ考えていこうと思います。


参考文献:
「Asian Bonds Online」 ADB Website
「Asia Capital Market Monitor - May 2010」 ADB
「Asia Bond Monitor - Mar. 2011」 ADB
「新アジア金融アーキテクチャ 投資・ファイナンス・債券市場」 永野護
「韓国上場企業における社債発行行動の実証分析」 瀬戸川琢磨氏(一橋大学経済学研究科)による修士論文

グローバル金融危機はアジアへどう影響したか

 通貨危機以降アジア域内で進んだ金融システム再構築の試みが、現時点でどの程度まで成果を上げているか。この問いにこたえるため、2008年の金融危機は一つの現実的なストレスを与えてくれたと考えられます。今回のエントリでは、2008年以降グローバルに展開した金融危機がアジア地域にどのような影響を与えたのか、見ていきたいと思います。

実体経済への影響

 まずは実体経済へどのような影響を与えたのか、見ていきましょう。


IMFデータベースから著者作成


 上図から明らかなように、金融危機はアジアの実体経済に大きな影響を与えました。金融危機の直接の契機は米国リーマンブラザーズ証券の破綻で、市場の流動性が損なわれたことにより日米欧の実体経済に大きなダメージを与えました。そしてこれらの地域への輸出依存度が高かったアジアの国々でも、製造業などを中心に大きなダメージを受けGDP成長率の低下を招いたのです。


 しかしその影響度合いは各国によって異なります。上図のように中国やインドネシアといった国は他と比較しその影響は軽微なものでした。みずほ総研のレポートによれば、影響の多寡は産業構造の違いによるところが大きいとされています。アジア地域の国々は、電気機器の部品や一般機械など世界景気との連動性が強い製品を数多く輸出しています。しかし一部の国は景気変動の影響を相対的に受けにくい食料品及び関連の農水産品(消費財)も主要な輸出製品となっており、それら消費財の占める割合が相対的に高い国々では、影響は軽微にとどまっているのです。一方、中間財や資本財は輸出額と景気の連動性が高く、それらを生産する業種が輸出総額に占める割合の高い国では、先進諸国の景気後退による影響を受けGDP成長率は大きく減少しました。

金融セクターへの影響

銀行の信用供与への影響

 続いて、アジア地域の金融セクターへの影響を見ていきたいと思います。アジアの中でも日本やタイ、中国といった国は間接金融が中心で、これらの国では金融危機により域内商業銀行の融資姿勢がどのように影響されたのか、が実体経済に大きくかかわってきます。それに対して韓国、台湾、インドネシアといった国は企業の資金調達に占める借入の割合はそれほど高くなく、株式や債券といったもので調達する割合が高くなります。



出典:「資金循環統計の国際比較」日本銀行調査統計局(ちょっと古いデータですがご容赦ください。)


 アジア開発銀行のレポートによると、金融危機によるアジア地域の金融セクターへの影響は相対的に軽微であった、としています。域内の商業銀行による実体経済への信用供与の水準は危機後も概ね堅調であり、バブル崩壊後日本でみられたような厳しい融資引き揚げはなかったようです。

サブプライム関連商品による損失

また2008年末におけるアジアの金融機関の資産毀損額は300億ドルで、世界全体の3%にすぎず、資産に占める関連損失の割合も非常に小さくなっています。


【アジア主要国のサブプライム関連損失】

米国 日本 韓国 中国 マレーシア アジア合計
サブプライム関連損失

(10億米ドル)
157.7 8.7 0.4 2.8 0.1 19.5
銀行資産計

(10億米ドル)
15,492 11,350 1,184 5,950 267 20,965
銀行資本計

(10億米ドル)
1,572 572 85 256 29 998
資本に占めるサブプライム

関連損失の割合(%)
10.03 1.52 0.52 1.08 0.30 1.95
資産に占めるサブプライム

関連損失の割合(%)
1.02 0.08 0.04 0.05 0.03 0.09
出典:「アジア証券市場とグローバル金融危機


 これはアジアの金融機関のサブプライム関連のエクスポージャーが欧米金融機関と比較し相対的に小さかったのが要因と考えらます。アジアの金融機関のMBSCDO等の証券化商品への直接的な投資は最低限のものであり、間接的投資も限られていたようです。直接投資が少ない場合でも、欧米の巨大多国籍金融機関から間接的にこうした資産を取得していた可能性はありますがこれも限定的でした。

債券市場への影響

それでは金融危機はアジアの債券市場にどのような影響を及ぼしたのでしょうか。僕が卒論のテーマとして考えている「アジア債券市場育成の試み」にも関連してくるところです。


 債券市場の動向を見るための一つの指標として「イールドカーブ」というものがあります。これは償還までの期間が異なる債券の利率をグラフにしたもので、通常は期間が短いほど利率は低く、長いほど利率は高くなります。しかし一部の国のイールドカーブ金融危機が最高潮となった時期、異常な形を示しました。



出典:「Developing Asian Local Currency Bond Markets: Why and How?」ADB


 香港やシンガポールでは通常のイールドカーブからかなりかけ離れたグラフを描いています。またその他の新興国でも現地通貨債券市場はより異常な形を示し、多くの国で短期の債権でも高い利率を示すこととなりました。ベトナムなどは通常とは全く逆の曲線をカーブを描いています。


 これは一つの重要な点を示唆しています。債券市場を発達させようとする理由として「スペアタイヤ論」というものがあります。これは前FRB議長のグリーンスパンがかつて唱えたもので「債券市場が発達した地域は、何かがきっかけで銀行による貸し出しが干上がっても、債券市場からのファイナンスに頼ることができるため耐性が強い」というものです。つまり債券市場が銀行貸し出しのスペアタイヤとなるとうことです。アジア開発銀行のレポートはこのスペアタイヤ論を否定し、銀行の貸出が減少するような経済状況では債券市場でも同様に資金調達は困難となる、としています。


 「スペアタイヤ論」が否定された今、伝統的に間接金融が中心であったアジア地域は域内債券市場育成の試みを続けるべきなのでしょうか。次回エントリではこの点をより掘り下げて見ていきたいと思います。


参考文献:
「Challenges for Development Asia and ADB's Response」ADB
「Developing Asian Local Currency Bond Markets: Why and How」Global Financial Crisis Conference, July 21, ADBI
「アジア証券市場とグローバル金融危機」川村雄介
「資金循環統計の国際比較」日本銀行調査統計局
世界金融危機のアジア経済への影響波及の構図」みずほ総合研究所

2011年、つれづれなるままに。

 前回更新してからいつのまにやら丸二ヶ月経ってしまいました。


 年も明け2011年になりましたが、就職活動生である僕はセミナーにインターンシップにと予定は色々と入っております。しかし学校の単位はほぼ取り終わっており授業はほとんど入っていない。というか就活で忙しいと思って履修しなかったので、就活のせいで授業にでれない!というわけではないです。まわり(理系、院生以外)もそんな感じです。


 年末年始は実家に帰りました。実家は九州ですが、やはり九州は飯がうまい。帰省した時必ず食べるのが、山小屋の昭和ラーメン、想夫恋の焼きそば、みっちゃんお好み焼き、です。最後のお好み焼きは広島のやつですが、親父の故郷が広島の近くなんで九州から東京にもどるとき途中で寄っていきます。大学4年間このパターンでずっときています。そして今回の帰省では不覚にも想夫恋のやきそばを食べ忘れた!広島でお好み焼きを食べているときに気づいたので、いっそ久留米まで食べに戻ろうかと考えたほどですが、電車代もばかにならないのでやめました。


 新幹線で打ちひしがれながら携帯をいじっていると、なんと想夫恋ホームページの店舗案内に「関東地区」というタブを発見!関東にも進出していたことを知り小躍りしたい気分でしたが、そんなこんなで想夫恋横浜青葉店を発見しました。


 しかし東京の西のほうに住んでいる僕は横浜青葉店にいくのに1時間近くかかってしまいます。いまは冬なんでそんな長時間バイクに乗っていたら死んでしまうので、もう少し暖かい季節になったら行ってみたい。


 首を長くして春到来を待っているのです。

『アジア・東京債券市場創設フォーラム』に行ってきました

 本日(11月16日)早稲田大学で開かれた「アジア・東京債券市場創設フォーラム」に参加してきました。早稲田大学の犬飼重仁教授が中心となり、早稲田大学グローバルCOEプログラム・東京証券取引所・アジア資本市場協議会の共催で開催され、財務省金融庁、民間企業からも多くの専門家の方がご講演されました。話題が多岐にわたって展開され、まとめるのは一苦労なのですが、備忘録も兼ねて今回は書いていきたいと思います。

アジア域内プロ向け国際債市場

 犬飼教授を中心とする早稲田大学グローバルCOEアジア資本市場法制研究グループが提案するのが、『アジア域内プロ向け国際債市場(AIR-PSM:Asian Inter-Regional Professional Securities Market)』です。これは、今まで欧米のユーロ債市場に依存してきたアジアの債券発行体・アジアの投資家を域内債券市場に呼び戻し、アジア通貨建て国際債券による効果的な資金循環を作り出すことを目的とした提言です。


 債券をアジア通貨建てで発行できるため、発行体にとっては為替変動リスクをカバーでき、また投資家サイドから見れば、アジア主要国に蓄積された豊富な貯蓄資金を効果的に活用することができると期待されています。またアジア各国のプロの市場参加者を育成することで、これまで欧米中心で作り上げられてきた金融市場の枠組み策定にアジアの国々が入り込むことができる、という期待もあります。


 それではまず、このアジア債券市場育成の試みがどういった背景で始ったのかを見ていきます。

アジア債券市場育成に至る背景

1.アジア通貨危機による反省
 1997年に起こったアジア通貨危機の原因については以前のエントリでも紹介しました通り、「通貨」と「満期」のダブルミスマッチであると指摘されます。つまり、実質的にドルペッグ制をとっていたアジア諸国は、ドルを中心とした外貨を短期で借り入れ、それを自国通貨建てで国内の設備投資や不動産などの長期資金として活用していたのです。そんな中、域内のいくつかの通貨に対する信認が揺らいだことにより、急激な資金の海外流出が起こり、危機は瞬く間にアジア各国に伝播していきました。


 この反省から、2003年8月に開催されたASEAN+3財務大臣会議で『アジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI:Asia Bond Market Initiative)』が策定され、通貨危機の原因となった通貨と満期のミスマッチを緩和できる、効率的で流動性の高い域内債券市場の育成に取り組むことになったわけです。


2.域内債券市場への需要ニーズ(発行体サイド)と供給ニーズ(投資家サイド)の存在
 次のグラフからもわかるように近年アジア自国通貨建て債券市場は急速に拡大しています。直近2010年のデータで4.8兆ドルもの債券市場が存在し、いまも年率18%という勢いで成長を続けています。


【Historical Growth of Asian LCY Bond Market (excluding Japan)】

Source:Asian Bond Online


 また上でも少し触れましたが、アジア主要国に眠る巨大な貯蓄資金を有効に活用できる可能性もあります。慶応義塾大学の池尾和人教授は、東アジア諸国の年金基金など機関投資家による安全資産への豊富な需要が、アメリカでの乱暴なトリプルA債発行を促し今回の金融危機の遠因となったことを指摘していますが、これもアジア域内に信用性の高い債券供給が少なかったため起きた事例と考えられます。域内債券市場の発達によりこれらのニーズを満たすことが期待されます。

現状

 先日、東京証券取引所とロンドン証券取引所が共同で設立した「TOKYO AIM取引所」がプロ向け債券市場『TOKYO PRO-BOND Market(東京プロボンドマーケット)』の制度概要を発表しました。これはアジア域内国際債市場の確立に向けたアクションプランの第1ステージと位置付けられています。これと同様の取り組みをアジア域内各国に広げていくことを第2ステージで行い、第3ステージ以降は、各国における様々な規制の緩和やアジア域内のクロスボーダー取引の拡大を目指していきます。


 上記第3ステージ以降に行われる「様々な規制の緩和」に関しては、すでに『ASEAN+3債券市場フォーラム(ABMF:ASEAN+3 Bond Market Forum)』が各国の規制に関する情報の収集を行っており、集められた情報は、ADBのAsian Bonds Onlineウェブサイトにて公開される予定となっています。


 このプロ向け債券市場は昨年提案が出たのをこの1年で一気に具体化したものということで、地位低下が叫ばれている東京証券取引所の変革への決意が伝わってきます。しかしパネルディスカッションでも指摘されていたように、今後の課題は、どうやって新市場を魅力的にし発行体や投資家を数多く呼び込むか、です。現状、アジア諸国は急激な資金流入によって不動産バブルやインフレが起こることを一番の懸念材料としています。世界的な金余りの状況の中、新市場を使用するインセンティブはなにがあるのか、しっかり検討していかなければなりません。

金融危機の根本原因(その2)

 ソウルで開かれていたG20ですが、アメリカが要求していた経常収支のインバランスに対しGDP比率で4%の制限をつける案は却下されました。WSJは「Embarrassment in Seoul」という題の社説でオバマ大統領の指導力の欠如を批判してますが、アジアをはじめとする経常収支黒字国にとっては、自国が不利になるような規制を単純に飲むということはあり得ず順当な結果だったと感じます。


 80年代に日本とアメリカの間で同じような問題が噴出した時は、アメリカが自分たちの要求(プラザ合意による円高誘導など)を一方的に飲ませました。今回はそうあっさりいかなかったようで、世界の多極化をまざまざと見せつけられた会議だったな、と感じました。これまたアメリカが主張していた人民元問題の方も中国にあっさりかわされたようです。


 中間選挙で敗北を喫したオバマ率いる民主党ですが、アメリカ国内でも巨額の財政赤字問題でホワイトハウスと議会の対立が深刻化していますし、オバマ政権にとっては内患外憂といったところでしょうか。


 さて、今回は金融危機の根本原因(その2)ということで、前回のエントリで言及した要因の3と4について見ていきたいと思います。


3.金融機関側のリスク管理の問題

4.規制当局の欠陥


 前回言及した要因1.マクロ経済的なグローバルインバランスの拡大と2.長期にわたるアメリカの緩和的な金融政策運営、は金融危機の背景となったマクロ的な問題であるため、経済学部生の僕としては力を入れて書いたのですが、今回言及する原因については金融危機の直接的な契機となった2007年のパリバショックや2008年のリーマンショックとも直接的にかかわるため、ブログなどではこちらをメインに書いているものも多いようです。

金融機関側のリスク管理の問題

 高度な証券技術を駆使することでリスク証券をオフバランス化(自身のバランスシートから当該証券を外すこと)できた金融機関は、収益拡大のため適切なリスク評価を怠っていました。また格付け機関は、金融機関が生成した証券化商品へ容易にトリプルAを付与していました。また金融機関では適切なリスク評価をせず収益拡大にひた走るインセンティブを付与するような報酬制度が存在していました。順に見ていきます。


 今回の危機で一番注目されたのはサブプライムローン問題です。サブプライムローンとはアメリカの信用力の低い借り手向け住宅ローンのことで、政府のよる持ち家奨励政策とも相まって全米で広がりを見せました。これによってアメリカの持ち家比率は、1990年代前半には64%程度であったものが2006年には69%にまで上昇(U.S. Census Bureauより)しました。主に低所得者向けのローンであるため、金融機関側も借り手の収入によるローン代金の返済はあまりあてにしていません。当時のアメリカでは、前提として住宅価格の持続的な上昇が見込まれていたため、借り手が返済に苦慮しても貸し手としては不動産の価値が貸し付けた資金より高くなるため差押えと転売で十分担保可能と考えたのです。


 これに加え、高度化した証券化技術がより一層の不適切なリスク管理を助長しました。すなわち、大量に集めたサブプライムローンはそれ自体では不確実性が高すぎるため転売しオフバランス化することはできませんが、高度な金融技術を駆使することでこれら証券をリスクに応じて分解し、投資家に転売することができたのです。


 例えば、リスクの低い方からトリプルA債券、メザニン債券、劣後債券に分けるとします。リスク回避的な投資家はトリプルA債やメザニン債を購入しますが、一部のヘッジファンドなどリスクアピタイトを持つ金融機関は劣後債券に投資をし、高いリターンの獲得を目指します。こうしてサブプライムローンを転売した金融機関は自身のバランスシートからこれらをなくすことができたわけです。しかし経済全体でみればサブプライムローンは決して消え去ったわけではなく、形を変えて存在し、またリスクも同様に存在し続けました。


 また格付け会社が容易にこれらの資産に対しトリプルAを付与していた、とする問題点も指摘されています。2006年以降アメリカの住宅価格が下落し始め、それと時を同じくしてサブプライムローンのデフォルト率が上昇し始めたところで、これら証券化商品に対するリスクが市場で認識され始めました。証券化商品の市場における流動性は低下し、投げ売り状態となったこれらの商品価格は急激に下落しました。これに伴い格付け会社もトリプルA債券の格下げを余儀なくされたわけです。以上の状況を踏まえると、そもそも複雑化した証券化商品のリスクをしっかり把握できるだけの力を格付け会社が持っていなかった、とする指摘もあながち否定できません。


 また欧米では証券会社に巨額の利益を上げた経営陣やトレーダーに対して、それに比例して巨額の報酬が支払われていました。そもそも経営陣や従業員としてみると、リスクテイクに成功した場合の報酬は青天井である一方、失敗し会社に損失を与えた場合には最悪会社からクビを宣告されるだけです。出した損失を自分の資産で補てんしろ、などという要求はあり得ません。よく言われる経営陣と株主との間におけるエージェンシー問題がここでも発生しており、資産運用担当者が過度にリスクを志向する状況が形成されていたと考えらます。


 次に「規制当局の欠陥」を見ていきましょう。

規制当局の欠陥

 前回のエントリで指摘したような金融市場におけるFEDViewの浸透(金融危機に際しては、事前の対応よりも事後的な対処が重要であり、いったんバブルが崩壊したとわかれば量的緩和等で潤沢な資金を投入し、損害を最小に食い止めるように行動する)は金融機関のリスクテイクを助長したアメリカ規制当局の問題であったとも考えらます。しかし一番問題だったのは、銀行以外の金融機関に対するプルーデンス規制が不十分であったことです。


 プルーデンス規制とは「金融機関の破綻防止や金融システムの健全性や安定性を維持するための各種の政策・処置の総称」(Wikipediaより引用)のことで、これまで規制の中心にいたのは銀行でした。金融システムの安定性を維持するという目的で、預金の保護や決済システムの維持といった銀行の破たんに対応する法整備や監督制度に関しては以前から数多くの議論がなされており、危機に対しても十分に対処できると考えられていました。しかし今回の危機の震源となったのは、投資銀行(例:リーマンブラザーズの倒産、ベア・スターンズの救済)や保険会社(世界最大の保険会社AIGの破綻)でした。これらの金融機関に対する規制は不十分であり、危機後ゴールドマンサックスやモルガンスタンレーといった伝統的な投資銀行が銀行持ち株会社に移行して、規制の枠組み内に入った事実は規制当局による緊急避難的対応を示しています。


 また先日、新たな金融機関の自己資本規制の枠組みを決める会議が開かれ、グローバルに活動する金融機関に対して要求する中核的自己資本比率を最低6%+2.5%のバッファーとするバーゼル�が発表されました。自己資本規制に関しては、今後も交渉の紆余曲折が予想されますが、一つ確かなことは、これまでの金融機関に対するプルーデンス規制は不十分であったとする認識が金融監督者の間で共有されているということです。急激なグローバル化に対応できる制度設計が作られていなかったという事実が、今回の金融危機でまざまざと見せつけられたといっていいでしょう。


 以上で「金融危機の根本原因」に関するエントリは終わりです。次回からは金融危機のアジア新興国に対する影響について考察していきたいと思います。


参考文献など:
金融危機と市場型金融の将来 池尾和人
グローバル金融危機への国際的対応─G20金融サミット等における議論と今後のマクロ政策及び金融規制のあり方─ 中尾武彦
U.S. Census ウェブサイト
Wikipedia

金融危機の根本原因(その1)

 前回のエントリで書いたように、卒論では今回の金融危機とアジア債券市場を絡めてテーマを設定していきたいな、と思っています。

 そこでまずは、今回のグローバルな金融危機の要因やマクロ経済的な背景について理解していきたいと思います。ここではまだ危機のアジア諸国への影響については見ていかず、金融危機の根本的な要因を理解することに重点を置きます。


 要因として多くの経済学者は次の4点を指摘しています。

  1. マクロ経済的なグローバルインバランスの拡大
  2. 長期にわたるアメリカの緩和的な金融政策運営
  3. 金融機関側のリスク管理の問題
  4. 規制当局の欠陥


 最初の二点はマクロ経済的な要因で、後の二点は個別金融機関や規制当局の問題というミクロ的な視点です。今回は(その1)としてマクロ経済的な要因について順に見ていきたいと思います。

マクロ経済的なグローバルインバランスの拡大

グローバルインバランスの拡大、というのはすなわち世界的な経常収支の配分が不均等になっていたということです。次の図からもわかるように、アメリカが世界の中でほとんど唯一の経常収支赤字国となり、その他地域の経常収支黒字を吸収していました。



(出所)IMF WORLD ECONOMIC OUTLOOK


 バーナンキFRB議長は、2007年9月の「Global Imbalance: Recent Developments and Prospects」と題した講演で、特に新興国において貯蓄が拡大している要因について、次の三点を指摘しました。

  1. 通貨危機を経験したアジア諸国は、域内投資を抑え、外貨準備の積み増しや自国通貨上昇の抑制など政策変更により、経常収支を増大させた
  2. 資源国は自国の消費拡大以上に資源輸出を拡大させた結果、貯蓄と経常収支が増加した
  3. 中国では金融セクターや社会的セーフティーネットが十分に発展しないまま経済が拡大した結果、予備的動機による貯蓄が増加した


 グローバルで見ると貯蓄と投資はバランスするので、これら新興国で拡大した貯蓄がアメリカへ投資資金として流れ込んで行きました。それによって世界的な貯蓄と投資のバランスが保たれていたのです。

 当時このグローバルインバランスに関しては「アメリカの潜在的な成長性や底堅さに魅力を感じて投資資金が流れ込んでいるのだから問題ではない」とする向きもありましたが、バーナンキFRB議長は先の講演で以下のように主張しこの問題に警鐘を鳴らしています。

アメリカの巨額の経常収支赤字がこのままとどまることはありえない。なぜならアメリカの債務返済能力と外国人投資家による米国資産の保持意欲はともに限られているからだ。最終的にはこれらの修正が図られることは確実であり、その際は実体経済や金融に何らかの影響が現れるだろう。

Ben Bernanke: Global Imbalance


 僕が調べた限りでも金融危機が始まる2007年以前に書かれたレポートや論文でこの問題に警鐘を鳴らすものが多々あるので、遅かれ早かれこのグローバルインバランスは修正されることになると考えられていたようです。今回は残念ながらそれが極端な形で現れてしまいました...

長期にわたるアメリカの緩和的な金融政策運営

 アメリカのマクロ経済をみてみると、1985年から2005年ごろまでGreat ModerationといわれるGDPや失業率などのマクロ経済指標のボラティリティが非常に低い20年間を経験します。また85年ごろを頂点にアメリカの長期金利は下がり続け、21世紀に入ってからは超緩和的な金融の状況が続いていたといっていいでしょう。FRBの政策目標である短期金利が大幅に引き上げられた2004年以降も、長期金利はほとんど反応しませんでした。



(出所)FRB ウェブサイト


 このGreat Moderationの要因としては、1.優れた金融政策 2.経済の構造変化(新たな在庫管理技術やIT活用)3.幸運(負の外部性ショックが少ない)の三点が指摘されていますが、池尾和人氏は1に関して、この時期にFRB議長を務めていたグリーンスパンによる影響を指摘しています。つまり、グリーンスパンによってとられた「FED view」と呼ばれるFRDの金融政策運営に対するスタンスが、市場参加者のリスク感度を鈍化させた、ということです。

 「FED view」とは

「バブルかどうかは弾けてみるまで分からない。それゆえ、事前の対応よりも事後的な対処が重要である。いったんバブルが崩壊したとわかれば量的緩和等で潤沢な資金を投入し、損害を最小に食い止めるように行動する」

(出典:金融危機と市場型金融の将来 池尾和人)

という中央銀行のスタンスで、これに対するのは「BIS view」と呼ばれ

「資産価格の上昇率等が過去の実績を著しく逸脱したものであるようなときには、事前的にも一定の金融政策上の対応を取るべき」

(出典:金融危機と市場型金融の将来 池尾和人)

としています。

 つまり危機に対してグリーンスパンが何とかしてくれるという期待が一般化したことで、市場参加者のリスク感度が鈍くなった、との指摘ですが、これは要因3の「金融機関側のリスク管理の問題」とも関連してきます。アメリカの金融機関で多くとられている業績連動型の給与体系においては、エージェンシー問題が発生し運用担当者が過度のリスクをとるインセンティブを持ちやすい、と主張されていますが、アメリカで長期にわたりとられた緩和的な金融政策がこれらリスク志向の高い市場参加者を多く生んだ背景となっていたようです。


 今回はこの辺で終わりにします。次回は要因3と4を見ていきたいと思います。


参考文献など:
金融危機と市場型金融の将来 池尾和人
グローバル金融危機への国際的対応─G20金融サミット等における議論と今後のマクロ政策及び金融規制のあり方─ 中尾武彦
Global Imbalances: Recent Developments and Prospects Ben S. Bernanke
IMFウェブサイト
FRBウェブサイト