タイ上場企業が社債発行する際の決定要因に関する実証分析

 お久しぶりです。僕の大学は1月末に卒論提出なので、残り約3ヶ月。意外と時間ないなと焦って来ました(笑)。今回のエントリでは、タイ証券取引所に上場している企業を対象に、どのような特徴を持った企業が資金調達の際、社債発行を選択するのか、実証分析を通じて見ていきたいと思います。

タイ社債市場の概観


 分析の前に、タイの国内債券市場の概観を見ておきたいと思います。The Thai Bond Market Associationによると、2011年9月時点でのタイ国内債券市場規模は7兆1984億バーツで、うち国債が39.71%を占めています。発行体別ではタイ政府に続いて政府機関が35.2%で2位、企業は3番目に多く16%です。東南アジア新興国の中で、タイはマレーシアなどと並び債券市場が発展している国として知られていますが、社債市場の規模はまだまだ小さいようです。社債の中では、格付けがA以上のものが83.06%を占め、B格と格付取得なしがそれぞれ約8%ずつとなっています。業態別はエネルギー関連企業と金融機関による発行が多く、それぞれ28.64%と18.49%を占めています。

タイ証券取引所上場企業を対象にした実証研究


 永野(2005)が行なっている実証分析を参考に、タイ上場企業の社債発行決定要因について分析を行いました。永野(2005)では、1991年から2003年まで(1997-8年は除外)の上場企業データ(上場廃止企業も含む)を用い、クロスセクションデータとして、プロビットモデルによる推計を行なっています。



 本エントリではデータの制約などから、被説明変数として1995年から2010年までに起債した実績のある企業を1, 実績のない企業を0としました。また各説明変数は2007年から2010年までのタイ証券取引所に上場している企業データの平均値、標準偏差を使っています。具体的には、SIZEは総資産規模(自然対数表示)、ROA総資産利益率、IPLは支払利息/総負債、RISKはROAの期間中の標準偏差です。支払利息に関しては、2010年のデータのみ使用しています。


 タイ証券取引所の上場企業は579社存在し(2011年10月14日時点)、そのうち債券発行実績のある企業は91社存在します。これら上場企業の財務データは、The Stock Exchange of Thailandのホームページから取得したのですが、データに欠損のある企業も多く、今回は財務データに一つでも欠損のある企業は除外したため、最終的なサンプル数は419社となりました(うち債券発行実績企業82社)。


 以下はサンプルの基本統計量です。


【サンプルの基本統計量】
SIZE ROA IPL RISK
(1)債券未発行企業

(N=337)
平均値  9.33512  0.061056  0.012864  0.067763
標準偏差  0.5186  0.10936  0.010421  0.079806
最大値  11.50036  0.49586  0.072801  0.76914
最小値  7.88026  -0.8038  3.72646D-06  0.0019352
(2)債券発行企業

(N=82)
平均値  10.4933  0.074565  0.016356  0.04044
標準偏差  0.65042  0.066189  0.0089558  0.031363
最大値  12.18744  0.24686  0.045942  0.12982
最小値  9.04926  -0.09326  0.000060271  0.0029126
(3)全企業

(N=419)
平均値  9.56178  0.0637  0.013547  0.062416
標準偏差  0.71401  0.10242  0.010235  0.073675
最大値  12.18744  0.49586  0.072801  0.76914
最小値  7.88026  -0.8038  3.72646D-06  0.0019352


 基本統計量に見られる債券発行企業と未発行企業との違いは次の通りです。総資産規模とROAに関しては、平均値で債券発行企業が未発行企業を大きく上回っています。特にROAについていえば、期間中にROA平均が-10%を下回った企業の債券発行実績はありません。ちなみに債券未発行企業のROA最小値が-80%ととてつもなく高い数値になっていますが、この企業は債務超過で2008年に倒産していました。その他に、RISKの数値から、債券発行企業が未発行企業に比べ収益性の変動が小さいことがわかります。IPLには統計的な差異はあまり見受けられません。


 以前紹介したBolton and Freixas(2000)の仮説をもとに、永野(2005)では以下のような推計式を立て、検証を試みています。


Pr(Bondi=1)=F(α1SIZEi2ROAi3IPLi4EXPi5RISKi6IPOi)


 しかし本稿では、EXP(輸出売上高/総売上高)とIPO(株式公開後経過年数)のデータを取得することができなかったため、推計式を以下のように修正し、検証を行いました。


Pr(Bondi=1)=F(α1SIZEi2ROAi3IPLi4RISKi)


  F(・)は標準正規変数の累積分布関数です。ここで、各説明変数の係数に期待される符号は以下のようになります。


【各説明変数の係数に期待される符号】
説明変数 符号 理由
SIZE プラス 企業と投資家間の情報非対称性が小さい
ROA マイナス 収益性が高く内部資金力がある
IPL プラス 調達資金の多様化を求める
RISK マイナス 発行体が破産申し立て手続きに陥る可能性が低い

実証結果


 統計ソフトTSPを使用し、プロビットモデルによる推計を行った結果が以下です。


【推計結果】
Parameter Estimate Standard
Error
t-statistic P-value
SIZE -.043760 .018769 -2.33154 [.020]
ROA -.752432 .983799 -.764822 [.444]
IPL 11.2601 7.19153 1.56575 [.117]
RISK -9.56772 2.19898 -4.35098 [.000]

考察


 有意水準1%のもとでRISK(ROAの期間中の標準偏差)は有意に負となっています。これは仮説と呼応した結果です。また有意水準5%のもとでSIZE(総資産規模)は有意に負であり、これは仮説とは逆の結果となっています。その他のパラメータはP値から判断するに、有意水準10%のもとで係数の推定値は有意とはなりません。


 事業収益の変動が小さい企業ほど社債発行が進みやすい、という結果に関しては、永野(2005)の研究でも同様の分析がなされており、妥当な結果と思われます。しかし企業規模に関しては仮説と反し、規模の小さい企業ほど社債発行を行なっているという結果を得ることとなりました。これは永野(2005)で示されている実証結果と反するものであり、東南アジア新興国を対象としたその他の分析でも、総資産規模の小さい企業ほど債券発行を選択しやすい、という結果を得ているものはあまりありません。唯一、永野(2007)の中で、台湾企業を対象とした分析で同様の結果を示しているのみです。(↓の本に収緑)


社債市場の育成と発展―日本の経験とアジアの現状 (比較経済研究所研究シリーズ)

社債市場の育成と発展―日本の経験とアジアの現状 (比較経済研究所研究シリーズ)


 しかしそこではなぜ総資産規模の変数が有意に負の値を示したのかについて、何ら考察はなされていません。この点に関しては、おそらくデータの推計期間に問題があったと考えられます。すなわち、本エントリでは、1995年から2010年までの社債発行企業を非説明変数として用いたのですが、これでは1997-8年のアジア通過危機や2008-9年のリーマン・ショックが推計期間に入ってきてしまいます。一般的に金融危機発生時は、銀行による貸出が抑制されるため、資金調達を行う企業の社債発行意欲は高まりますが、一方で高格付の社債以外には投資資金が集まりません。すなわち、1997-8年と2008-9年に、通常とは異なる社債発行の決定要因が現出し、それが推計結果に影響を与えたと考えられます。


 しかしこれはあくまで推測であるため、次回以降、推計期間を変更するなどして、引き続き研究を続けたいと思います。ではでは!


参考文献

永野護. (2007). アジア債券市場の企業金融分析. 著: 法政大学比較経済研究所/胥鵬, 社債市場の育成と発展 (ページ: 197-219). 法政大学出版局.
永野護. (2005). 新アジア金融アーキテクチャ 投資・ファイナンス・債券市場. 日本評論社.
山澤成康. (2004). 実戦計量経済学入門. 日本評論社.
縄田和満. (2006). TSPによる計量経済分析入門 第2版. 朝倉書店.