金融危機の根本原因(その1)

 前回のエントリで書いたように、卒論では今回の金融危機とアジア債券市場を絡めてテーマを設定していきたいな、と思っています。

 そこでまずは、今回のグローバルな金融危機の要因やマクロ経済的な背景について理解していきたいと思います。ここではまだ危機のアジア諸国への影響については見ていかず、金融危機の根本的な要因を理解することに重点を置きます。


 要因として多くの経済学者は次の4点を指摘しています。

  1. マクロ経済的なグローバルインバランスの拡大
  2. 長期にわたるアメリカの緩和的な金融政策運営
  3. 金融機関側のリスク管理の問題
  4. 規制当局の欠陥


 最初の二点はマクロ経済的な要因で、後の二点は個別金融機関や規制当局の問題というミクロ的な視点です。今回は(その1)としてマクロ経済的な要因について順に見ていきたいと思います。

マクロ経済的なグローバルインバランスの拡大

グローバルインバランスの拡大、というのはすなわち世界的な経常収支の配分が不均等になっていたということです。次の図からもわかるように、アメリカが世界の中でほとんど唯一の経常収支赤字国となり、その他地域の経常収支黒字を吸収していました。



(出所)IMF WORLD ECONOMIC OUTLOOK


 バーナンキFRB議長は、2007年9月の「Global Imbalance: Recent Developments and Prospects」と題した講演で、特に新興国において貯蓄が拡大している要因について、次の三点を指摘しました。

  1. 通貨危機を経験したアジア諸国は、域内投資を抑え、外貨準備の積み増しや自国通貨上昇の抑制など政策変更により、経常収支を増大させた
  2. 資源国は自国の消費拡大以上に資源輸出を拡大させた結果、貯蓄と経常収支が増加した
  3. 中国では金融セクターや社会的セーフティーネットが十分に発展しないまま経済が拡大した結果、予備的動機による貯蓄が増加した


 グローバルで見ると貯蓄と投資はバランスするので、これら新興国で拡大した貯蓄がアメリカへ投資資金として流れ込んで行きました。それによって世界的な貯蓄と投資のバランスが保たれていたのです。

 当時このグローバルインバランスに関しては「アメリカの潜在的な成長性や底堅さに魅力を感じて投資資金が流れ込んでいるのだから問題ではない」とする向きもありましたが、バーナンキFRB議長は先の講演で以下のように主張しこの問題に警鐘を鳴らしています。

アメリカの巨額の経常収支赤字がこのままとどまることはありえない。なぜならアメリカの債務返済能力と外国人投資家による米国資産の保持意欲はともに限られているからだ。最終的にはこれらの修正が図られることは確実であり、その際は実体経済や金融に何らかの影響が現れるだろう。

Ben Bernanke: Global Imbalance


 僕が調べた限りでも金融危機が始まる2007年以前に書かれたレポートや論文でこの問題に警鐘を鳴らすものが多々あるので、遅かれ早かれこのグローバルインバランスは修正されることになると考えられていたようです。今回は残念ながらそれが極端な形で現れてしまいました...

長期にわたるアメリカの緩和的な金融政策運営

 アメリカのマクロ経済をみてみると、1985年から2005年ごろまでGreat ModerationといわれるGDPや失業率などのマクロ経済指標のボラティリティが非常に低い20年間を経験します。また85年ごろを頂点にアメリカの長期金利は下がり続け、21世紀に入ってからは超緩和的な金融の状況が続いていたといっていいでしょう。FRBの政策目標である短期金利が大幅に引き上げられた2004年以降も、長期金利はほとんど反応しませんでした。



(出所)FRB ウェブサイト


 このGreat Moderationの要因としては、1.優れた金融政策 2.経済の構造変化(新たな在庫管理技術やIT活用)3.幸運(負の外部性ショックが少ない)の三点が指摘されていますが、池尾和人氏は1に関して、この時期にFRB議長を務めていたグリーンスパンによる影響を指摘しています。つまり、グリーンスパンによってとられた「FED view」と呼ばれるFRDの金融政策運営に対するスタンスが、市場参加者のリスク感度を鈍化させた、ということです。

 「FED view」とは

「バブルかどうかは弾けてみるまで分からない。それゆえ、事前の対応よりも事後的な対処が重要である。いったんバブルが崩壊したとわかれば量的緩和等で潤沢な資金を投入し、損害を最小に食い止めるように行動する」

(出典:金融危機と市場型金融の将来 池尾和人)

という中央銀行のスタンスで、これに対するのは「BIS view」と呼ばれ

「資産価格の上昇率等が過去の実績を著しく逸脱したものであるようなときには、事前的にも一定の金融政策上の対応を取るべき」

(出典:金融危機と市場型金融の将来 池尾和人)

としています。

 つまり危機に対してグリーンスパンが何とかしてくれるという期待が一般化したことで、市場参加者のリスク感度が鈍くなった、との指摘ですが、これは要因3の「金融機関側のリスク管理の問題」とも関連してきます。アメリカの金融機関で多くとられている業績連動型の給与体系においては、エージェンシー問題が発生し運用担当者が過度のリスクをとるインセンティブを持ちやすい、と主張されていますが、アメリカで長期にわたりとられた緩和的な金融政策がこれらリスク志向の高い市場参加者を多く生んだ背景となっていたようです。


 今回はこの辺で終わりにします。次回は要因3と4を見ていきたいと思います。


参考文献など:
金融危機と市場型金融の将来 池尾和人
グローバル金融危機への国際的対応─G20金融サミット等における議論と今後のマクロ政策及び金融規制のあり方─ 中尾武彦
Global Imbalances: Recent Developments and Prospects Ben S. Bernanke
IMFウェブサイト
FRBウェブサイト