金融危機の根本原因(その2)

 ソウルで開かれていたG20ですが、アメリカが要求していた経常収支のインバランスに対しGDP比率で4%の制限をつける案は却下されました。WSJは「Embarrassment in Seoul」という題の社説でオバマ大統領の指導力の欠如を批判してますが、アジアをはじめとする経常収支黒字国にとっては、自国が不利になるような規制を単純に飲むということはあり得ず順当な結果だったと感じます。


 80年代に日本とアメリカの間で同じような問題が噴出した時は、アメリカが自分たちの要求(プラザ合意による円高誘導など)を一方的に飲ませました。今回はそうあっさりいかなかったようで、世界の多極化をまざまざと見せつけられた会議だったな、と感じました。これまたアメリカが主張していた人民元問題の方も中国にあっさりかわされたようです。


 中間選挙で敗北を喫したオバマ率いる民主党ですが、アメリカ国内でも巨額の財政赤字問題でホワイトハウスと議会の対立が深刻化していますし、オバマ政権にとっては内患外憂といったところでしょうか。


 さて、今回は金融危機の根本原因(その2)ということで、前回のエントリで言及した要因の3と4について見ていきたいと思います。


3.金融機関側のリスク管理の問題

4.規制当局の欠陥


 前回言及した要因1.マクロ経済的なグローバルインバランスの拡大と2.長期にわたるアメリカの緩和的な金融政策運営、は金融危機の背景となったマクロ的な問題であるため、経済学部生の僕としては力を入れて書いたのですが、今回言及する原因については金融危機の直接的な契機となった2007年のパリバショックや2008年のリーマンショックとも直接的にかかわるため、ブログなどではこちらをメインに書いているものも多いようです。

金融機関側のリスク管理の問題

 高度な証券技術を駆使することでリスク証券をオフバランス化(自身のバランスシートから当該証券を外すこと)できた金融機関は、収益拡大のため適切なリスク評価を怠っていました。また格付け機関は、金融機関が生成した証券化商品へ容易にトリプルAを付与していました。また金融機関では適切なリスク評価をせず収益拡大にひた走るインセンティブを付与するような報酬制度が存在していました。順に見ていきます。


 今回の危機で一番注目されたのはサブプライムローン問題です。サブプライムローンとはアメリカの信用力の低い借り手向け住宅ローンのことで、政府のよる持ち家奨励政策とも相まって全米で広がりを見せました。これによってアメリカの持ち家比率は、1990年代前半には64%程度であったものが2006年には69%にまで上昇(U.S. Census Bureauより)しました。主に低所得者向けのローンであるため、金融機関側も借り手の収入によるローン代金の返済はあまりあてにしていません。当時のアメリカでは、前提として住宅価格の持続的な上昇が見込まれていたため、借り手が返済に苦慮しても貸し手としては不動産の価値が貸し付けた資金より高くなるため差押えと転売で十分担保可能と考えたのです。


 これに加え、高度化した証券化技術がより一層の不適切なリスク管理を助長しました。すなわち、大量に集めたサブプライムローンはそれ自体では不確実性が高すぎるため転売しオフバランス化することはできませんが、高度な金融技術を駆使することでこれら証券をリスクに応じて分解し、投資家に転売することができたのです。


 例えば、リスクの低い方からトリプルA債券、メザニン債券、劣後債券に分けるとします。リスク回避的な投資家はトリプルA債やメザニン債を購入しますが、一部のヘッジファンドなどリスクアピタイトを持つ金融機関は劣後債券に投資をし、高いリターンの獲得を目指します。こうしてサブプライムローンを転売した金融機関は自身のバランスシートからこれらをなくすことができたわけです。しかし経済全体でみればサブプライムローンは決して消え去ったわけではなく、形を変えて存在し、またリスクも同様に存在し続けました。


 また格付け会社が容易にこれらの資産に対しトリプルAを付与していた、とする問題点も指摘されています。2006年以降アメリカの住宅価格が下落し始め、それと時を同じくしてサブプライムローンのデフォルト率が上昇し始めたところで、これら証券化商品に対するリスクが市場で認識され始めました。証券化商品の市場における流動性は低下し、投げ売り状態となったこれらの商品価格は急激に下落しました。これに伴い格付け会社もトリプルA債券の格下げを余儀なくされたわけです。以上の状況を踏まえると、そもそも複雑化した証券化商品のリスクをしっかり把握できるだけの力を格付け会社が持っていなかった、とする指摘もあながち否定できません。


 また欧米では証券会社に巨額の利益を上げた経営陣やトレーダーに対して、それに比例して巨額の報酬が支払われていました。そもそも経営陣や従業員としてみると、リスクテイクに成功した場合の報酬は青天井である一方、失敗し会社に損失を与えた場合には最悪会社からクビを宣告されるだけです。出した損失を自分の資産で補てんしろ、などという要求はあり得ません。よく言われる経営陣と株主との間におけるエージェンシー問題がここでも発生しており、資産運用担当者が過度にリスクを志向する状況が形成されていたと考えらます。


 次に「規制当局の欠陥」を見ていきましょう。

規制当局の欠陥

 前回のエントリで指摘したような金融市場におけるFEDViewの浸透(金融危機に際しては、事前の対応よりも事後的な対処が重要であり、いったんバブルが崩壊したとわかれば量的緩和等で潤沢な資金を投入し、損害を最小に食い止めるように行動する)は金融機関のリスクテイクを助長したアメリカ規制当局の問題であったとも考えらます。しかし一番問題だったのは、銀行以外の金融機関に対するプルーデンス規制が不十分であったことです。


 プルーデンス規制とは「金融機関の破綻防止や金融システムの健全性や安定性を維持するための各種の政策・処置の総称」(Wikipediaより引用)のことで、これまで規制の中心にいたのは銀行でした。金融システムの安定性を維持するという目的で、預金の保護や決済システムの維持といった銀行の破たんに対応する法整備や監督制度に関しては以前から数多くの議論がなされており、危機に対しても十分に対処できると考えられていました。しかし今回の危機の震源となったのは、投資銀行(例:リーマンブラザーズの倒産、ベア・スターンズの救済)や保険会社(世界最大の保険会社AIGの破綻)でした。これらの金融機関に対する規制は不十分であり、危機後ゴールドマンサックスやモルガンスタンレーといった伝統的な投資銀行が銀行持ち株会社に移行して、規制の枠組み内に入った事実は規制当局による緊急避難的対応を示しています。


 また先日、新たな金融機関の自己資本規制の枠組みを決める会議が開かれ、グローバルに活動する金融機関に対して要求する中核的自己資本比率を最低6%+2.5%のバッファーとするバーゼル�が発表されました。自己資本規制に関しては、今後も交渉の紆余曲折が予想されますが、一つ確かなことは、これまでの金融機関に対するプルーデンス規制は不十分であったとする認識が金融監督者の間で共有されているということです。急激なグローバル化に対応できる制度設計が作られていなかったという事実が、今回の金融危機でまざまざと見せつけられたといっていいでしょう。


 以上で「金融危機の根本原因」に関するエントリは終わりです。次回からは金融危機のアジア新興国に対する影響について考察していきたいと思います。


参考文献など:
金融危機と市場型金融の将来 池尾和人
グローバル金融危機への国際的対応─G20金融サミット等における議論と今後のマクロ政策及び金融規制のあり方─ 中尾武彦
U.S. Census ウェブサイト
Wikipedia