グローバル金融危機はアジアへどう影響したか
通貨危機以降アジア域内で進んだ金融システム再構築の試みが、現時点でどの程度まで成果を上げているか。この問いにこたえるため、2008年の金融危機は一つの現実的なストレスを与えてくれたと考えられます。今回のエントリでは、2008年以降グローバルに展開した金融危機がアジア地域にどのような影響を与えたのか、見ていきたいと思います。
実体経済への影響
まずは実体経済へどのような影響を与えたのか、見ていきましょう。
上図から明らかなように、金融危機はアジアの実体経済に大きな影響を与えました。金融危機の直接の契機は米国リーマンブラザーズ証券の破綻で、市場の流動性が損なわれたことにより日米欧の実体経済に大きなダメージを与えました。そしてこれらの地域への輸出依存度が高かったアジアの国々でも、製造業などを中心に大きなダメージを受けGDP成長率の低下を招いたのです。
しかしその影響度合いは各国によって異なります。上図のように中国やインドネシアといった国は他と比較しその影響は軽微なものでした。みずほ総研のレポートによれば、影響の多寡は産業構造の違いによるところが大きいとされています。アジア地域の国々は、電気機器の部品や一般機械など世界景気との連動性が強い製品を数多く輸出しています。しかし一部の国は景気変動の影響を相対的に受けにくい食料品及び関連の農水産品(消費財)も主要な輸出製品となっており、それら消費財の占める割合が相対的に高い国々では、影響は軽微にとどまっているのです。一方、中間財や資本財は輸出額と景気の連動性が高く、それらを生産する業種が輸出総額に占める割合の高い国では、先進諸国の景気後退による影響を受けGDP成長率は大きく減少しました。
金融セクターへの影響
銀行の信用供与への影響
続いて、アジア地域の金融セクターへの影響を見ていきたいと思います。アジアの中でも日本やタイ、中国といった国は間接金融が中心で、これらの国では金融危機により域内商業銀行の融資姿勢がどのように影響されたのか、が実体経済に大きくかかわってきます。それに対して韓国、台湾、インドネシアといった国は企業の資金調達に占める借入の割合はそれほど高くなく、株式や債券といったもので調達する割合が高くなります。
アジア開発銀行のレポートによると、金融危機によるアジア地域の金融セクターへの影響は相対的に軽微であった、としています。域内の商業銀行による実体経済への信用供与の水準は危機後も概ね堅調であり、バブル崩壊後日本でみられたような厳しい融資引き揚げはなかったようです。
サブプライム関連商品による損失
また2008年末におけるアジアの金融機関の資産毀損額は300億ドルで、世界全体の3%にすぎず、資産に占める関連損失の割合も非常に小さくなっています。
米国 | 日本 | 韓国 | 中国 | マレーシア | アジア合計 | |
---|---|---|---|---|---|---|
サブプライム関連損失 (10億米ドル) |
157.7 | 8.7 | 0.4 | 2.8 | 0.1 | 19.5 |
銀行資産計 (10億米ドル) |
15,492 | 11,350 | 1,184 | 5,950 | 267 | 20,965 |
銀行資本計 (10億米ドル) |
1,572 | 572 | 85 | 256 | 29 | 998 |
資本に占めるサブプライム 関連損失の割合(%) |
10.03 | 1.52 | 0.52 | 1.08 | 0.30 | 1.95 |
資産に占めるサブプライム 関連損失の割合(%) |
1.02 | 0.08 | 0.04 | 0.05 | 0.03 | 0.09 |
これはアジアの金融機関のサブプライム関連のエクスポージャーが欧米金融機関と比較し相対的に小さかったのが要因と考えらます。アジアの金融機関のMBSやCDO等の証券化商品への直接的な投資は最低限のものであり、間接的投資も限られていたようです。直接投資が少ない場合でも、欧米の巨大多国籍金融機関から間接的にこうした資産を取得していた可能性はありますがこれも限定的でした。
債券市場への影響
それでは金融危機はアジアの債券市場にどのような影響を及ぼしたのでしょうか。僕が卒論のテーマとして考えている「アジア債券市場育成の試み」にも関連してくるところです。
債券市場の動向を見るための一つの指標として「イールドカーブ」というものがあります。これは償還までの期間が異なる債券の利率をグラフにしたもので、通常は期間が短いほど利率は低く、長いほど利率は高くなります。しかし一部の国のイールドカーブは金融危機が最高潮となった時期、異常な形を示しました。
香港やシンガポールでは通常のイールドカーブからかなりかけ離れたグラフを描いています。またその他の新興国でも現地通貨債券市場はより異常な形を示し、多くの国で短期の債権でも高い利率を示すこととなりました。ベトナムなどは通常とは全く逆の曲線をカーブを描いています。
これは一つの重要な点を示唆しています。債券市場を発達させようとする理由として「スペアタイヤ論」というものがあります。これは前FRB議長のグリーンスパンがかつて唱えたもので「債券市場が発達した地域は、何かがきっかけで銀行による貸し出しが干上がっても、債券市場からのファイナンスに頼ることができるため耐性が強い」というものです。つまり債券市場が銀行貸し出しのスペアタイヤとなるとうことです。アジア開発銀行のレポートはこのスペアタイヤ論を否定し、銀行の貸出が減少するような経済状況では債券市場でも同様に資金調達は困難となる、としています。
「スペアタイヤ論」が否定された今、伝統的に間接金融が中心であったアジア地域は域内債券市場育成の試みを続けるべきなのでしょうか。次回エントリではこの点をより掘り下げて見ていきたいと思います。
参考文献:
「Challenges for Development Asia and ADB's Response」ADB
「Developing Asian Local Currency Bond Markets: Why and How」Global Financial Crisis Conference, July 21, ADBI
「アジア証券市場とグローバル金融危機」川村雄介
「資金循環統計の国際比較」日本銀行調査統計局
「世界金融危機のアジア経済への影響波及の構図」みずほ総合研究所