Key Research Question

 震災から約1か月が経過しました。復旧に向けた動きは少しずつ加速しているようですが、現時点(4月12日)で死者・行方不明者2万6千人以上、避難所での生活を強いられている方も15万人以上いるということで、福島第一原発の問題とともにまだまだ不透明な部分が多くあります。僕も微力ながら募金という形で協力させてもらっています。


 さて、卒業論文制作にあたり最もファンダメンタル、かつ最も難しい問題なのが「テーマを何にするか」ということです。テーマを見つけるというのはすなわち「Key Research Question」を見つけるということで、このKRQに沿って先行研究を当たっていきます。KRQが決まるまでは、漠然と卒論でやりたい分野を決め、その周辺の文献を片っぱしから読んでいかなければなりません。テーマが決まれば実質的に卒論制作の7割が終わったようなものだ、とおっしゃる教授もいるほどで、確かにテーマ設定にかける労力を想像すると7割というのはあながち大げさな話ではないかもしれません。


 僕の場合は「アジア債券市場」という漠然としたフィールドで周辺の文献を当たったり、日々思考を巡らせているわけですが、先日この文献

を読んでいて二つの興味深いKRQが示されていました。それは

  1. 東アジア企業が資金調達を行う際、銀行借入等ではなく社債発行を選択する際の決定要因は何なのか
  2. 東アジア企業がドル・円などの外貨ではなく、現地通貨での社債発行を選択する際の決定要因は何なのか。

という問題です。


 アジア債券市場を育成するための課題というのは多々ありますが、そのひとつに社債市場の環境整備が挙げられます。現在、アジア債券市場の主要な銘柄は国債であり、2009年末の時点でその市場規模は3兆6800億ドルにも達します。一方、社債市場の規模は1兆4400億ドルです。


【Size of Local Currency Bond Market in USD】

Source: Asian Bonds Online


 しかしその一方で、近年国債市場と比較した社債市場の伸びは著しく、2009年末のアジア域内の現地通貨社債市場は前年比30.2%の伸びを記録し、国債市場の12%と比べほぼ3倍の伸びを記録しました。データの制約上インドネシアを除いた数値になりますが、2010年末も社債市場の前年比伸び率は25.3%で国債市場の15.3%を10%も上回っています。(数値はAsian Bonds Onlineより)


 近年アジア市場でもっとも活発に社債を発行しているのはエネルギー・インフラ関連企業です。これは、グローバル金融危機に対応した各国政府の景気刺激策でこれらのセクターが恩恵をあずかる格好となったため、設備投資関連の資金需要が増し社債発行が促進されたと考えられます。


 このように近年発展しつつあるアジアの社債市場ですが課題も多々あります。社債の発行に際して、発行体となる企業は、引受先となる証券会社からアドバイスを受けつつマーケットの状況を見ながら利回りや償還期間などを決定します。社債の購入者となる投資家にとっては発行市場(プライマリーマーケット)だけではなく流通市場(セカンダリーマーケット)も重要で、そこで購入した債券の流動性が確保されていないと投資を渋る可能性があります。


 アジア債券市場の場合、国債市場はまだしも社債市場の流動性は不十分であり、また多くの国では政府系企業が主要なプレイヤーとなっており、発行体の裾屋が広がっているとは言い難い状況です。また域内の株式市場と比較すると現地通貨債券市場の規模は小さく、まだまだ成長の余地があると考えられます。


 それでは発行体である企業はその社債発行に際し、どのような要因を重視しているのでしょうか。また外貨ではなく、現地通貨・現地市場で社債発行を選択する際の要因にはどのようなものがあるのでしょうか。特に前者の問いに関しては、既存のコーポレート・ファイナンス理論において研究が盛んに行われてきました。しかし新興国発展途上国の企業を対象にした実証面での研究は、企業財務データなどミクロデータの整備が進んでいないこともあり、ほとんど存在しないようです。


 これらの問題を実証的に解いていけば今後アジアでの現地通貨債券市場を育成する際、非常に有益な示唆を提供できると考えます。今後は上記の「Key Research Question」に関して、先行研究等を通じ考えていこうと思います。


参考文献:
「Asian Bonds Online」 ADB Website
「Asia Capital Market Monitor - May 2010」 ADB
「Asia Bond Monitor - Mar. 2011」 ADB
「新アジア金融アーキテクチャ 投資・ファイナンス・債券市場」 永野護
「韓国上場企業における社債発行行動の実証分析」 瀬戸川琢磨氏(一橋大学経済学研究科)による修士論文