企業の資金調達に関する理論研究

 早いものでもう5月です。僕はとある学生団体に所属しており、そこでは来年開催予定の国際会議を担当しています。3.11以降、いったんは開催が危ぶまれましたが、喧々諤々の議論の結果、予定通り開催する方向で動いています。色んな意味で世界から注目を集めている日本での開催ということで、海外メンバーからの反応も大きく、卒論制作同様こちらも頑張っていかないとなと思っています。


 さて、今回は企業の資金調達に関してこれまでどのような理論研究が行われてきたのかを見ていきたいと思います。ここで注意したいのは、コーポレートファイナンスの授業などで習うこれらの理論研究の中には、大きく分けて企業の『ストックとしての資本構成』に関わるものと、『フローとしての資金調達』に関わるものの2種類存在するということです。

理論面での先行研究レビュー

ストックとしての資本構成とフローとしての資金調達


 企業の資本構成を研究した代表的なものには「Modigiliani and Millerの理論」があります。大学の授業でも真っ先に習うのがこれではないでしょうか。このMM理論では完全市場の前提(無税、情報の非対称性がない、資金供給主体と需要主体は資金の貸し借りを自由に行える、など)が置かれていますので現実世界では参考になりませんが、ここでは簡単に法人税を考慮した場合の理論を紹介します。


 企業は負債を保有することで税控除の恩恵を受けることができます。結果として負債比率の上昇に伴ってその資本コストは低下します。しかし一方で、財務リスク(端的に言えば倒産リスク)は負債比率の上昇に伴って増大します。これら二つの要素は、一方を追求すれば他方を犠牲にしなければならないようなトレードオフな関係です。そのためこの理論はトレードオフ・アプローチとも呼ばれます。企業は資本コストの大きさを勘案した上で資本コストを最小化する負債構造を選択し、企業価値の最大化に務めることになります。つまり、これはB/S上の負債・資本側のストックの水準における選択を意味するのです。


 さて、今回の卒業論文制作で僕が注目したいと考えているのはフローとしての資金調達分野です。つまり、企業は銀行借入、社債発行、株式発行など様々な資金調達手段の中でどのような要因でもって社債発行を選択するのか、という点です。それでは続いてそのフローとしての資金調達分野に関する理論研究をより詳しく見ていきたいと思います。

Diamond(1991)の理論モデル


 負債の内訳である銀行借入と社債発行の選択に関する先行研究では、Diamond(1991)があげられます。もとの論文は企業タイプなどが事細かに細分化されており、全部紹介するには長すぎるので、ここでは福田(2000)に挙げられているDiamondの理論を簡略化したモデルを紹介したいと思います。


日本の長期金融

日本の長期金融


 ここでは、企業があるプロジェクトを実行する際の資金調達手段として、銀行借入と社債発行という二つの手段から選択できると仮定されています。銀行借入も社債発行も企業(借り手)にとっては負債となる点では同じですが、特に情報の非対称性が存在する場合、この二つは借り手に対するモニタリングという点で大きく異なります。

 このモデルでは企業が社債を発行した場合、その資金がどのようなプロジェクトに用いられるのかを社債の購入者は知ることができません。そのためある条件下で企業は「成功すれば莫大な利益を生むが、失敗する可能性が高い」というハイリスクハイリターン(期待収益率が相対的に低い)プロジェクトを選択するというモラルハザードを引き起こす可能性があります。

  • 銀行借入のケース

 ここでは銀行は企業へのモニタリングが可能であるとされています。一定のコストを支払えば、企業がハイリスクハイリターンのプロジェクトを選択するのを阻止でき、期待収益率の高い(すなわち貸付金を返済してくれる可能性が高い)プロジェクトを選択させることができます。しかし、借り手である企業にとってはモニタリングコストの分だけ高利率で資金を得ているのでうれしくありません。できることならば社債を発行して資金調達を行いたいと考えています。

  • 導出される理論仮説


 上記のようなモデルでもって式を展開していくと、以下の二つの理論仮説が導かれます。

  1. プロジェクトから得られる平均収益が大きい企業ほど社債発行を行う。
  2. プロジェクトに必要な資金が小さい企業ほど社債発行を行う。


 福田(2000)ではこの理論仮説をもとに日本企業の資金調達に関する実証分析が試みられています。これらの理論仮説というのは先進国・途上国問わずどの地域の企業にも当てはまるものです。しかし、アジア諸国の企業は一般的に考えても先進国のそれとは異なる特徴を持っています。アジアの一部の国ではPrivate Companyが多くを占め、それらの多くは私募債での資金調達を行っています。また公募債でも政府系企業が発行する場合は一般企業とは異なった決定要因があるかもしれません。


 卒業論文ではそうしたアジア企業の特徴を考慮したモデルを考え、実証的に解いていきたいと考えています。


参考文献
W.D.Diamond. (1991). Monitoring and Reputation: The Choice between Bank Loans and Directly Placed Debt. Journal of Political Economy, 99, pp.689-721.
福田慎一. (2000). 「社債発行の選択メカニズム」『日本の長期金融』. 有斐閣.
三重野文晴. (2010). 「途上国企業の資金調達:東アジア諸国の事例」『新版開発金融論』. 日本評論社.